1982年2月16日。ある広告会社で、ビジネスウーマンのモリーがクライアントたちにプレゼンをしている場に、夫の弁護士ロジャーが幼い息子デヴォンとまだ赤ちゃんの女の子、アイリスを預けに来る。一瞬戸惑ったモリーだが、これを利用しない手はないとばかりに、これからの時代、女性は仕事と子育てを両立するとプレゼンを続ける……。
そして現在--。1980年代前半に乳幼児突然死症候群(SIDS)と診断された事例を検事局が再調査するうち、1982年のアイリスの急逝に疑問が投げかけられる。スティルマンが遺族に配慮するよう忠告する中、リリーはコールドケースの扉を開く。
レイ、何者かに襲われる…。
リリーと寄りを戻すには好都合の状況で…。
レイと距離を置こうとしたリリーが、母性本能や
優しさかか、レイに傾いていくのでしょうか……。
ジョセフ…どうなるのかな…。(-_-;)
今回は、自分では主張できない赤ちゃんが犠牲者と
なるので、本当に悲しい思いがしました。
直接の死因になったのは何なのか?二転三転し、
単純に終らないところが、このドラマの良いところですが
今回は転々としすぎた感もあり。
アメリカの映画やドラマを見るたび、ベビーシッターという人を
安易に信じすぎていないか?と、思ってしまいます。
よくニュースでも、隠しカメラのベビーシッターの虐待
映像など見かけることがありますが
自分の自宅で他人に子供を長時間預けることの
リスクを何故考えないのか?と思ってしまいます。
他にも、よくある設定として遊び人のベビーシッターが
男を連れ込んでいる…とか
勝手に家のものを使っているなどなど
若い独身女性のベビーシッターを何故選ぶのか?と
不思議でなりません。
時給が安いとか、独身でないと夜遅くまで見ていてくれないとか
あるのでしょうが、遊びたい盛りの女性に子守は限界が
あるかと思うのです。
昔の話なので、今のアメリカは状況が違うかもしれませんね。